48 Hours with the Mystery Jets

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“もしもし、Markか?”ドスの利いた低い声の相手は、Mystery JetsのギターリストWilliam Reesだった。僕が初めてMystery Jetsを知ったのは、凄腕ギター弾きの友達が、彼らの曲“On My Feet”を弾いてくれた2005年のことだ。“みんなまだぐっすり眠ているよ。ライブ後、結構飲み明かしてしまってさ…ごめん”。  今が旬のバンドマンでも、さすがにライブ後の“アフターパーティー”では飲まれてしまったようだ。  前日、彼らは観客ですし詰め状態だったクラブQuattroでエレクトロ炸裂のライブを行ったばかりだ。

たっぷり睡眠をとった後は、それ以上に観客を沸かせてくれるだろう。彼らの泊まっているホテルに着くと、まだあどけない表情のBlaine(ヴォーカル)とKapil(ドラマー)が迎え入れてくれた。“Will、そのレザージャケット新しいやつ?”エレベーターがロビーに着くや否や、Blaineが切り出した。“ああ、なかなかいいだろ?”Willがニヤリと笑った。“まるで、ギャングスターだな”口を挟んだのは、タトゥーだらけのその厳ついルックスとは裏腹に、ソフトなフレンチなまりが印象的なDave(バンド専属のギター技術者)だ。

会ってすぐに、彼らの気さくな人柄で僕らはすぐに打ち解けることができた。彼らは本当に東京を気に入っていたし、僕のこれまでの東京での生活にもすごく興味を持っていて、僕はいつも質問攻めにあった。そうしているうちに僕らはレストランに着いた。ビールと梅酒に舌鼓をしながら、僕はメニューに書かれた無数の魚たちを訳する事に試みた。“a horse mackerel【ニシマアジ】って何?horse【馬肉】を与えられたmackerel【サバ】ってこと?”Blaineが冗談混じりに言った。Mystery Jetsの席にいながら、僕は、彼らの頭の切れの良さと、20代半ばとは思えないほどの落ち着きぶりに一人感心していた。それが、過去5年間、常にスポットライトを浴びながら3つのヒットアルバムを出してきた結果なのだろう。  だが、僕が“絶叫マシーン”を口にするや否や、一変して、彼らの表情にはその若さとエネルギーが満ち溢れた。そんなわけで、彼らは日本での貴重な休日を富士急アイランドで過ごすことにしたのだ。

夕食後、僕らは行きつけのBeat Caféへ向かった。最高の雰囲気の中、酒の量も進み、話の話題は自然と音楽になった。“これから3ヶ月くらい、テキサスで次のアルバムのレコーディングをする予定なんだ”Blaineが切り出した。“実を言うと、僕ら、最近はアメリカ音楽ばかりを聴いているし、ロンドンには正直飽き飽きしちゃってる”前回のアルバムをニースやベルリン、コーンウォールのジプシーカーニバルなど、まったく異なる環境で作り上げた彼らにとっては、次のステップにロンドンではなくアメリカを選んだのもごく普通の流れだったのではないか。では、彼らが日本で作曲活動する可能性もあるのだろう

か?“ただ単に、僕が今こうして東京にいるから言っているのではなく、本当に東京が好きなんだ”Kapが笑みを浮かべた。時間も真夜中の4時を回ろうとしていた頃、僕はゆっくりと席を立った。“もう一杯やってけよ”というKapの甘い誘いをなんとか切り抜けた。明日もまた長い一日になりそうだ。

一日目、その日、僕らはメンバーの日々の生活のあらゆる部分を見ることができた。その姿は、Mystery Jetsの枠から外れた彼らの姿であった。だが次の日、その夜の彼らはというと、まるで水を得た魚のように活き活きとしていた。日本のMystery Jetsファンもまさに“Incredible”であった。彼らのビシッと整ったスタイルとその独特な魅力が、鋭いインディーポップサウンドと対を成し、人々の心を捉えて放さないのだ。  その日、渋谷Trump Roomには、400人もの熱狂的ファンが詰めかけ、狂喜に満ちたファンを前に、メンバーもどこかいつもより気取って見えた。熱いファンからのキスを受けながら、彼らはゆっくりと階段を上がった。“スゲー!まるで、「時計じかけのオレンジ」(原題:ClockworkOrange)みたいだな”6階のフロアーに入るなり、Willが呟いた。

午前1:30、BlaineとWillが最強ガールズバンド“The Suzan”からバトンを受け、2時間のMystery Jets ショウが始まった。音はインディーからエレクトロ、ポップへと流れていった。Willが、映画「ダウンタウン物語」(原題:Bugsy Malone)から一曲流すと、会場の熱気は一気ヒートアップした。その瞬間、僕の顔には自然と笑みがこぼれ“僕にはそのトラックは一生プレイできそうにねぇや”と一人呟いた。の混み具合ときたら酸欠でライターの火がつかないほどだった。

無事にショウが終わると、僕らはすぐさま彼らを会場から連れ出さなければならなかった。まさに真のrock‘n’roll スタイルってわけだ。Blaineのカラオケをせがむ声に誘惑されながらも、どうにかメンバーを成田行きのバスへ押し込んだ。バスが到着すると、僕らはハグを交わし、Eメールを交換して次の再会を約束した。本当にわずかな時間ではあったが、彼らと過ごした中で、なぜ彼らがここまで上り詰めることが出来たのか、納得させられたきた気がする。彼らの音楽には、彼らの独特な気品漂う個性と穏健さが表れている。  彼らを無事見送り、僕らは、初のTokyo IndieとVANITYコラボによる最高のパーティーの
思い出と共に、残された。そして、僕はまた思い返す;“彼らはいったいどうやってあの「ダウンタウン物語」をモノに出来たのか”と。Mystery Jetsファンはかなりの強剛ぞろいだ...

執筆:Mark Birtles

翻訳:友利舞華

2011年2月13日